やきもちと独占欲

「へえ」

 テイト=クラインが出て行った後の開いたままの扉の端にヒュウガが背を預けて立っていた。いつの間に現れたのか。とにかく神出鬼没で補佐官が探し回るような男だ。いつ何時姿を消そうが目の前に現れようが、そう驚くことではない。いつから話を聞いていたかは定かではないが、アヤナミはそれについても言及することなく黙ってただ、ヒュウガの方へ目を遣った。

「オレと違ってずいぶん優しいね」

「ふ、無論」

 アヤナミは口元で手を組んだまま口角を上げた。 

「私のからだだからだ」

 そしてデスクに片手を付いて立ち上がったその気配には死神の禍々しさを纏っている。一瞬でその場を支配する圧倒的な存在感。

「本当にそれだけ?」

 一般人なら震え上がるであろうアヤナミの気配をものともぜず、ヒュウガもアヤナミと同じく口角を上げて笑いながら鼻に掛けているサングラスの弦を中指でずらす。そして寄りかかっていた柱からふわりと背を浮かすとそのまま執務室奥の豪奢な細工の施された机の方へ歩み寄ると、その上に置かれたアヤナミの手の上に己の手を重ねた。

「他に何があるというのだ」

「執着の仕方が普通じゃないだろ」

 互いの吐息を感じられるほどの距離。ヒュウガは強い口調で咎めるようにアヤナミを少し高い位置から見下ろす。アヤナミはその言葉の意図が読めずに視線だけを上向かせてその目を睨み返した。

「どういう意味だ」

「からだが手の届くところにいてあと少しで封印が解けるんだから機嫌がいいのはわかるけどさ」

 その言葉と共に、ヒュウガはアヤナミの軍帽を手ではじいて浮かせると、そのままそれを机の上に置いた。

「…っ、何を」

 ふたりの距離を邪魔するものがなくなって、ヒュウガは戸惑う顔を覗き込んだ。

「検査の後頭撫でたり、さっきだって控え室に連れて行くまではいいけど、自分のコートかけてあげたりして」

 真顔で畳み掛けてくるこの男は一体どこから自分を視ているのか。一日中アヤナミに張り付いているとも取れるその言動に、アヤナミには怒りを通り越してむしろ感心するほどだった。無論呆れるという意味で。

「…貴様もして欲しいのか」

「そりゃ当然でしょ。オレだってたまにはアヤたんに優しくされたい…って、違うし!」

「違うのか」

「…いや、違う…っ、けど違わない」

 図星を突かれたせいか、ヒュウガはしどろもどろになって大袈裟な身振り手振りで何か言い訳を考えているのかと思えば、あっさりとそれを認めてしまった。

「…念のために聞くけどして欲しいって言ったら、してくれるわけ?」

「まさか」

「だよねぇ…」

 あからさまに大げさな溜息をつき残念な声色を隠しもせず、しかし返ってくる答えがわかっていたのかさほどの落胆もなく、ヒュウガは短く息を吐いて呼吸を整えた。

「ここんとこ毎日検査に立ち会ってるから、アヤたんだってそれなりに疲れてるだろ」

「そんなことはない」

「そうは見えない」

「…っ!」

 ヒュウガは机の上で重ねていたアヤナミの手を取ると後ろに軽く捻り、バランスを崩したアヤナミの肩をもう片方の手で掴むとそのままカーテンを引いたままの窓ガラスに押し付けた。

「何を…」

 腕を体の後ろに捻られたままで、無理に動こうとすると肩が軋む。アヤナミは顔だけ後ろへ向けると薄く怒りを孕んだ涼しげな瞳でヒュウガを睨みつけた。

「アヤたんには口で言うより躯で感じてもらう方が手っ取り早い」

「…何のことだ」

「今のでわかっただろ。最近いろいろと順調に事が運んでて機嫌いいから、あんまり感じてないのかもしれないけど、疲れはかなり溜まってるでしょ」

 だからこんなに簡単に後ろを取られるんだよ、と珍しく真顔で諭すように言ったかと思うとアヤナミを戒めていた手を解き、次の瞬間にはいつもの食えない笑顔に戻る。そして、

「ん…っ」

 アヤナミの腕を放したその手が後ろから頭を捉え、ヒュウガの唇が耳朶の奥に吐息を吹き込んだ。ぞくりと躯を震わせ不意に唇から吐息が漏れる。その薄く開いた唇にヒュウガは口づけた。

 半ば無理矢理顔だけ後ろを向かされた状態で、アヤナミはバランスを崩しかけてカーテンに両手を突いた。それでもヒュウガは唇を離すことはなく、もう片方の手で軍服のカラーを外しにかかる。

「…っ、待…」

「ん? 大丈夫だよ。向こうはみんな出払ってて誰もいないから」

「そうではない…っ」

「え、じゃあ何が心配なの?」

 アヤナミが顔をそむけたせいで両手が自由になったヒュウガはあっという間にアヤナミの軍服の上着のボタンを全てはずし、ベルトに手をかけていた。

「少し休めと言いたかったのではないのか」

「そうだよ」

「…っ、いい加減に…!」

 振り向きながら言いかけて、アヤナミは大勢を崩してそのまま床へ倒れこんだ。ヒュウガによって手早く脱がされ膝の辺りまで下げられたトラウザーズがスムーズな足の動きを妨げたからだ。

「うわぉ」

「……」

 両手両膝を床に付いて四つん這いという無様な格好。

「なんか、このまま突っ込んで下さいって感じだよね」

 アヤナミと一緒に倒れこんだヒュウガがその上に覆いかぶさっている。

「実はアヤたんしたかったとか?」

「…誰のせいだと思っている」

「したかった、ってところは否定しないんだ?」

「それ以前の問題だ」

 退け、と一蹴するとヒュウガは案外素直にアヤナミから躯を離し、その手を伴って立ち上がった。

「あー、そのままでいいよ」

 脱がされかけた服を整えようとするアヤナミの手を遮り、ヒュウガはその躯を抱き上げると机に座らせる。

「何を…、誰か来たら、」

「今日はもう誰も来ないよ。要塞中、舞踏会と戴冠式の警備やなんかの準備で走り回ってるし」

 こんな時に自室で待機してるのなんてあの子くらいなもんだよ、とヒュウガはアヤナミの軍靴を脱がせながら言った。

「……」

 それとこの状態に何の関係があるのか、とアヤナミは文句を言いたいところだったが、何を言ったところでうまく煙に巻かれてしまうだろう。それにいつものふざけたスキンシップと称したセクハラまがいの行為とは違い、服を脱がせる以上の事をする意図が感じられなかったせいもあり、アヤナミは短く溜息を吐いてヒュウガの好きなようにさせることにした。

「もうすぐコナツがここに来るから」

「…何をする気だ」

「この後の事は全部カツラギさんに任せてあるから、舞踏会が始まるまで少しゆっくりしよう」

「だから…」

「コナツが来てからのお楽しみ♪」

 ヒュウガはにっこり笑うとまるで参謀長執務室というこの場に全くマッチしない白いシャツと下着だけの姿で執務机の上に座るアヤナミに身を乗り出して軽くキスをした。そして特段抵抗することなく無表情のままの怜悧な顔に微笑みかける。

「…オレ、今日はアヤたんになんかしようとか全然考えてなかったんだけど」

「?」

「おとなしくオレにされるがままになってるアヤたんってなんか新鮮でヤバい」

「ヒュウ…ッ、…んっ」

 机に突いていたヒュウガの両手が肩を捉えたかと思うと、机に乗り上げた上半身の体重で押されアヤナミは斜め後ろへ倒された。そのまま後ろへ倒れていたら、恐らくアヤナミの肩から上は机から外れていただろう。それを考えた上で斜め後ろになるように位置を考慮したのだろうが、その代わりアヤナミは後頭部をガツンと固い机にぶつける羽目になった。

 ぶつけた反動で弾むように揺れた痛む頭をかばう間もなく、開いた唇にヒュウガのそれが重なる。先ほどまでの戯れるような口づけではなく、口腔内を蹂躙するような明らかに性的な意図を示したものだ。

「やめ…っ」

「ゴメン、アヤたん」

「なに…っ、…っあ」

 いつの間にか肩を押さえていた手がアヤナミの胸を辿り、腰へと延びる。下着の上から自身を擦るように触られアヤナミの躯が跳ねる。

「は…っ、あ…」

「気持ちイイ?」

 机の上に完全に乗り上げたヒュウガはアヤナミの両足を割り、その間に己の躯を割り込ませると同じように勃ち上がりかけた自信をアヤナミのそれに擦り合わせた。

「オレももうこんな…、このまま一回やっちゃっていい?」

「…いい加減に、しろ…っ、コナツが…」

「ああ、そうだっけ。けど、もう収まりつかないよ」

アヤナミの言葉を無視してヒュウガは何食わぬ顔で行為を続ける。と、そこへ、

「失礼します。アヤナミ様、ヒュウガ少佐」

 山のように積み上げられた衣装ケースをカートに積んだコナツが入ってきた。

「…って、何やってんですか!!」

「…コナツ、タイミング悪いなぁ、もうちょっとだったのに」

 悪びれもなくにへらと笑うヒュウガに、コナツは拳を握りしめる。

「最近私、こういう現場に踏み込むことが多すぎじゃないですか! いい加減にしてください!!」

 顔を赤く染めながらコナツが怒鳴る。

「ほんと、コナツは気がきかないっていうか、タイミング悪すぎだよね。もうちょっとでアヤたんのいい顔見られたのに…、いって!!」

 アヤナミの蹴りが股間に入り、ヒュウガはそこを押さえて蹲った。

「アヤたん、酷い! 使い物にならなくなったらどうすんの!?」

「別にどうということはない。貴様のせいで泣く女が減ってよかろう」

「ふーん、いいんだ。アヤたん絶対泣くじゃん」

「何を根拠にそんな…」

「自覚ないのかもしれないけど、アヤたんは絶対オレじゃないと満足できないよ」

「自惚れるのもいい加減にしろ。だいたい貴様がいつも…」

「お二人ともいい加減にしてください!」

 痴話喧嘩が長引きそうだと思ったのか、コナツが割って入る。

「ご命令通り、衣装は全てお持ちしました。試着をなさるのでしたら早く始めてください」

「衣装?」

「はい、本日の舞踏会の衣装の試着をなさるというので、こちらにお持ちしたのですが…」

「ヒュウガ、どういう事だ」

 床に蹲ったままのヒュウガに、アヤナミは冷ややかな目線を送った。

「お楽しみって言ったじゃん。せっかく久々の軍服以外でのセレモニーなんだから、目立たないとね★」

「私たちが目立ってどうする。それに私はもう…」

「あー、オーダーしてたアレね、デザイナーに原案見せてもらってけど、ちょっと地味だったから直してもらったよ。オレの分も一緒にね♪」

「…っ! 貴様、勝手なことを!」

「それにいくら地味な服着たってアヤたんの内から溢れ出る神々しいオーラは隠しきれないんだから、嫌でも目立つって」

 ようやく立ち上がってヒュウガは服を整えると、コナツが持って着た衣装ケースの一つを開けてアヤナミに見せた。

「まだ時間もあるし、試着しながらゆっくり選ぼう」

「…余計に疲れそうだが」

「あれ、もしかしてさっきの続きの方が良かったりし…、って! アヤたんザイフォンはヤメテ!!」

 ヒュウガがアヤナミの意志の確認もせず好き勝手に事を進めるのはいつもの事だが、それに対してアヤナミが鞭やザイフォンで制裁を加えるものいつもの事。そんないつものやり取りをコナツはただ眺めていた。

「ヒュウガ少佐、やはり試着をなさるでしたらここではなく控室の方がよいのではないですか? 姿見などもないですし…」

 ザイフォンを受けて、また床に蹲っているヒュウガを上から覗き込みながら、コナツが進言する。

「…いや、いいんだよ、コナツ。鏡なんかなくたってオレが見ればいいだけだから」

「そうですか。では荷物はここに置いていきますね。私は作戦の準備がありますので、失礼します」

 そう言ってコナツは一礼すると部屋から出て行った。ヒュウガは床から這いあがると、床に布を広げて衣装ケースの中身を並べていく。

「ずいぶんとたくさん揃えたものだな」

「まあね、アヤたんに似合いそうなのいっぱいあったからついつい衝動買いしちゃってー」

 ヒュウガは鼻歌でも歌いだしかねないほど上機嫌だ。十着以上はあるだろうか。黒や白など微妙に色の違うタキシードのほかに小物やシャツなどの数はそれ以上だ。

「そんなにフリルのたくさん突付いたシャツなど着ないぞ」

「えー、きっと似合うよ、とりあえずほら、試着だけでも」

 そう言ってヒュウガは机の上に座ったままのアヤナミに、純白の袖や裾、襟などにレースのあしらわれたシャツを羽織らせる。

「ほら、似合ってるじゃん」

「…試着だけだぞ」

「うん、それでいいよ」

 結局ヒュウガは全ての衣装を試着させ、その姿をちゃっかり写真にまで収めたのだった。


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